2014年04月17日

"雲取" 2000年の作品

今回お届けしますは、2000年作の"雲取"というギターと最も初期の自作リボンコントローラをフィーチャーした曲。旧友の小池実君が90年代半ばにマーチン・デニーに触発された"密林"という曲を作ってて、僕もそんな感じの曲を作ってみようかなと思いつつやったら、結果的には楽園から離れ厳しい自然の中へな感じに。その小池君からプレゼントされたタイのお土産おもちゃの笙も中間部に出てきます。その辺の楽器に関しては、サウンドクラウドのほうで経過時間に対応したコメント欄で記しているのでよかったら聴きながらご参照ください。



録音は4トラックのMDレコーダーとDATの組み合わせ。いまやどっちも時代を感じる機材ですな。それとカセット時代を含め4トラック機材での最後の録音だと思います。

"Kumotori(雲取)" by Yuichi Onoue
Written and Performed by Yuichi Onoue

Onoue plays
Guitars, Bass, Ribbon Controller, Microtone Synthesizer
Synthesizer, Toy Sheng(笙), Sound Effects, Drum Programming
Minoru Yonemoto plays synthesizer drone and noise on intro part.
posted by 尾上祐一 at 12:52| 音源/映像2000年代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月06日

"Bum" by ワナナバニ園 

今年に入ってSoundCloudも始めて新旧作品入り乱れての配信となってきてますが、今日は新作映像。ベース×2+ドラム+電気自作楽器なワナナバニ園の演奏で、いつもライブのオープニングを飾るバンドのテーマ曲的な"Bum"。



今回の映像、この前に水族館に行きまして、水槽を観ていたところ頭の中で妙にこの曲が鳴り響いたんです。で帰宅後、衝動的に作業に取り掛かり完成させました。今回のVは演奏シーンのみならずイメージ映像としても楽しんでもらえたらと思います。

熊田央(ds)、ALI(Fender Bass)、
種石幸也(5弦Bass)、尾上祐一(Ribbon Controller)

結成3年を過ぎたワナナバニ園。今年2014年も順調に活動を続けています。4月は、東京で超ツワモノバンド達との共演が2回あります。東京周辺でお時間ある方はぜひ遊びにいらしてください。

4月25日(金)大久保アースダム 共演:吉田達也(dr)、Videkazz2、厳格三重奏(大沼志朗(dr)、加藤崇之(g)、不破大輔(b))、ManiaOrgan

4月30日(水)荻窪ルースターノースサイド 共演:MUMU(植村昌弘(Dr)、中根信博(Trombone)、本間太郎(Key))

詳細はワナバニ・ウェブサイトをご覧ください~!
http://torigoya.main.jp/Wanabani.html
posted by 尾上祐一 at 19:03| 音源/映像2010年代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月01日

"VOFR" 1988年、地下FM局のジングル

さて今度はかなり古いトラックをサウンドクラウドにアップしました。1988年11月、まさに昭和末期録音の"VOFR"という曲。当時やっていた地下FM放送局Voice of mini FM Revolutionのジングル。この放送局、半径数kmくらいをサービスエリアとしてカバー(受信側が高性能ならもっと)していました。私は幼少のころから放送局をやることが夢で、最初のうちはFMワイアレスマイクで放送ごっこ、って感じでしたが、次第にエスカレートして10代後半には自作ハイパワー送信機を作りアンテナもそれなりのものを立てて少々本格的(もちろんイリーガル)な放送局を開局してしまいました。80年代後半から90年代初頭にかけて不定期にやっていたのですが、当時住んでいた杉並は時期的に過激派により町内放送塔が電波ジャックされる事件や、オウム真理教がはびこったりという状況で、当局も監視を強化してたのでは?と思います。 が、とっつかまらず済みました。今考えると、ひ汗もんですが、気が付かなかったのか、、いや、なんだガキの火遊びか、、、と相手にしなかったのかもしれませんね。一方、当時私と似たように地下FM局をやっている友人がいましたし、他にも知らない人が地下FM局をやっている人がいました。そんな知らない人とうまくコンタクトとって会合し送信機の回路図を頂いたり、、、そんなこともちょっぴりヤバい思い出です。

その後、96年になると合法な音楽発信メディアとしてインターネットに飛びつくわけですが、いまや映像まで、しかもハイビジョンで発信できるようになるとは。当時思いもしませんでしたし、映像までやるのは自分には荷が重いと思ってたのですが、このブログや私のYoutubeをご覧のとおりここ5年ほどは映像製作(といっても殆どやはり音楽ものですが)にもかなり填まっています。

posted by 尾上祐一 at 12:54| 音源1980年代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする